Salesforce開発言語「Apex」のすべて。年収・将来性から活用事例まで徹底解説

Apexとは？Salesforceで何ができる言語なのか

Apexの役割（標準機能では足りない部分を補う言語）

Apex（エイペックス）は、Salesforceのサーバー（クラウド）上で実行される、オブジェクト指向プログラミング言語です。
一般的なプログラミング言語、例えばJavaやC#などは、開発者が用意したサーバーやPCの上で動きます。

しかし、Apexは違います。

Apexは、Salesforceという「巨大なクラウドの城」の中でのみ動くことを許された、専用の言語なのです。

Javaエンジニアが感じる「実家のような安心感」

構文（書き方）はJavaに非常によく似ています。
変数の宣言、ループ処理、条件分岐といった基本的な文法は、Javaエンジニアが見れば「実家のような安心感」を覚えるほど酷似しています。
これはSalesforceが、世界中に数多く存在するJavaエンジニアがスムーズに参入できるよう、意図的に設計したためです。

しかし、似ているのは「見た目」だけです。

その裏側にある動作原理や哲学は、一般的なWeb開発言語とは決定的に異なります。
サーバーの準備が不要で、書いたコードが即座にクラウド上で動く利便性の反面、後述するクラウド特有の「制約」と向き合う必要があるのです。

マルチテナントアーキテクチャ

Apexを理解する上で最も重要な概念、それは「マルチテナントアーキテクチャ」です。
これを理解せずにApexを語ることはできません。
想像してみてください。

従来のオンプレミス開発（自社でサーバーを持つ開発）が「一戸建ての注文住宅」を建てることだとすれば、Salesforce開発は「超巨大な高級タワーマンションの一室」を借りて内装工事をするようなものです。

Salesforceの規律

ここでは、何万という企業（テナント）が、一つの巨大なビル（サーバーリソース）を共有しています。

エレベーター（CPU）も水道（メモリ）も共有です。
もし、ある一室の住人（ある企業のApexプログラム）が、エレベーターを長時間独占したり、水道を出しっぱなしにしてリソースを浪費したらどうなるでしょうか？ 

マンション全体の機能が麻痺し、他の住人（他の企業）に迷惑がかかります。
Apexは、この「マンションでの共同生活」を前提に作られた言語です。

そのため、他の言語にはない「行儀の良さ」を強制する仕組みが備わっています。

ノーコード開発との「境界線」

Salesforceには「フロー（Flow）」という非常に強力なノーコードツールが存在します。
プログラミングコードを書かずに、マウスのドラッグ＆ドロップだけで複雑な自動化処理を作成できる機能です。
「ノーコードで何でもできるなら、Apexはいらないのでは？」
初心者が抱きがちなこの疑問に対する答えは「No」です。

むしろ、ノーコードが進化すればするほど、Apexの価値は際立ちます。

「Apex不要論」は本当か？

ノーコードは「定型的な処理」を素早く作るのには向いています。
しかし、「非常に複雑な計算」「大量データの高速処理」「外部システムとの高度な連携」「ピクセル単位でこだわり抜いた独自の画面動作」といった要件には、ノーコードでは太刀打ちできません。
あるいは、無理やりノーコードで実現しようとすると、メンテナンス不可能な「スパゲッティ状の設定」が出来上がってしまいます。

上級エンジニアに求められる「使い分け」

「標準機能でできることはノーコードで。ビジネスの競争力となる独自の複雑なロジックはApexで。」
この使い分けの判断ができることこそが、上級エンジニアの証なのです。
なんでもコードで書くのではなく、メンテナンス性と開発スピードを天秤にかけ、最適な手段を選べる視点が求められます。

現場ではこう使われる！Apexが不可欠な3つの実例

「複雑なことができる」と言われてもイメージが湧きにくいかもしれません。

実際のビジネス現場で、Apexがどのような課題を解決しているのか、代表的な3つのユースケースを紹介します。

複雑怪奇な「インセンティブ計算」

多くの企業において、営業担当者の歩合給（コミッション）計算は非常に複雑です。
「商品Aが売れたら5%」「ただし割引率が10%超なら3%」「さらに四半期目標120%達成でボーナス加算」。

【課題】ノーコードでは管理不能な「条件の迷路」

このような「条件が幾重にも重なる計算」は、ノーコードの標準機能だけで実装しようとすると、設定が複雑になりすぎます。

無理やり作れたとしても、後から変更しようとした時にどこを触ればいいか分からない、メンテナンス不可能な状態に陥りがちです。

 【解決】数秒で計算完了させるApexの演算力

Apexであれば、こうした複雑な計算ロジックをプログラムとして整理して記述できます。
「もし〇〇なら××する」という分岐をスッキリとコード化できるため、変更にも強く、ボタン一つで全社員分の給与計算を数秒で完了させるパフォーマンスを発揮します。

外部システムとの「リアルタイム連携」

Salesforceだけで業務が完結する企業は稀です。

会計、在庫管理、人事システムなど、企業内には多くのシステムが存在します。

【シナリオ】EC受注と同時に倉庫へ指示を出したい

例えば、Eコマース事業の場合。

「Salesforce上で受注ボタンを押した瞬間に、外部の倉庫管理システム（SAPやOracleなど）の在庫数を確認し、在庫があれば出荷指示データを送信する」といった即時性が求められます。

【解決】システムの「通訳」となるAPI連携

Apexは、RESTやSOAPといったWeb API技術を利用して、Salesforceの外側にあるシステムと会話（通信）することができます。
異なる言語で動くシステム同士をつなぐ「通訳兼橋渡し役」として、Apexは不可欠な存在です。

 夜間の「大量データ自動更新」

企業の成長とともにデータ量は増え続けます。

数百万件の顧客データを持つ大企業では、データのメンテナンスも一苦労です。

【課題】標準機能の天敵「タイムアウトエラー」

「毎日深夜に、1年以上購入がない顧客データのステータスを『休眠』に変更する」といった処理を想像してください。
これを画面上で手作業で行うのは不可能ですし、ノーコードツールで一気に処理しようとすると、Salesforceの制限時間（ガバナ制限）を超えてしまい、「タイムアウト（強制終了）」のエラーが発生します。

【解決】裏側でコツコツ働く「バッチApex」

Apexには「バッチApex」という仕組みがあります。

これは、大量のデータを500件や2000件といった小さな塊に分割し、サーバーの負荷を見ながらバックグラウンドで少しずつ処理する機能です。
この機能により、数百万件のデータ更新も、夜寝ている間に安全かつ確実に完了させることができます。

なぜApexは「特殊」なのか？エンジニアが知るべき制約と哲学

コードを書かずにApexの特異性を語る上で、避けて通れない2つのキーワードがあります。

「ガバナ制限」と「テスト駆動」です。

これらはApexエンジニアにとっての法律であり、宗教でもあります。

 鉄の掟「ガバナ制限（Governor Limits）」

先ほど「マンションの住人」という例え話をしました。
このマンション生活の秩序を守るために、Salesforceという管理人が定めた厳格なルール、それが「ガバナ制限」です。

簡単に言えば「1回の処理で使えるリソースの上限」のことです。

「1回でも超過」は許されない

例えば、以下のような制限がシステム的に強制されます。

・データベースに問い合わせをして良いのは、1回の処理で100回まで。

・データベースのデータを更新して良いのは、合計10,000レコードまで。

・プログラムが動いて良い時間は、最大10秒まで。

もし、あなたの書いたApexコードがこの制限を「1回」でも「1レコード」でも「0.1秒」でも超過したらどうなるか？
Salesforceは無慈悲に処理を強制終了させ、エラーを返します。

「ちょっとくらいおまけしてよ」は通用しません。

制約が生む「パズル的な面白さ」

一般的なJavaやPHPの開発では、多少効率の悪いコードでも、最近のサーバーは高性能なので動いてしまいます。

しかしApexでは、効率の悪いコードは「動かないコード」と同義です。
この制約があるからこそ、Apexエンジニアは常に「効率的で、無駄のない、美しいロジック」を組むことを求められます。
これを「ガバナ制限を考慮したコーディング」と呼びますが、これこそがApex開発のパズル的な面白さであり、プロフェッショナルとしての腕の見せ所なのです。

リリースを阻む壁「テストカバー率75%」

もう一つの大きな特徴が、「テストコード」の義務化です。
多くのWeb開発現場では、納期に追われて「テストコード（自動テスト）は後回し、あるいは書かない」というケースが散見されます。

しかし、Salesforceの世界ではそれは不可能です。

システムが強制する「74%の壁」

Salesforceの本番環境にApexコードをリリース（デプロイ）するためには、「全体のコードの75%以上が、テストコードによって実行・検証されていること」というシステム的な条件をクリアしなければなりません。
テストカバー率が74%では、どんなに素晴らしい機能を作ってもリリースボタンを押すことができないのです。

基幹システムとしての「責任と堅牢性」

なぜこれほど厳しいのでしょうか？ それは、Salesforceが企業の「基幹システム」だからです。
顧客データ、売上データ、契約情報など、もしバグによってデータが消えたり、誤った請求処理が走ったりすれば、企業の存続に関わります。
Apexエンジニアは、機能を作る時間と同じくらい、あるいはそれ以上に「その機能が正しく動くことを証明するためのコード」を書くことに時間を使います。

これによって、Salesforceのシステムは極めて高い堅牢性を維持しているのです。

Apexエンジニアの年収と市場価値

さて、ここからは皆さんが最も気になるであろう「お金」と「キャリア」の話をしましょう。

Apexを習得することは、キャリア戦略としてどれほど有効なのでしょうか。

需要過多が生む「売り手市場」

結論から言えば、Apexエンジニアの市場価値は現在、非常に高い水準で推移しています。

理由はシンプルです。

「Salesforceを導入する企業」の増加スピードに、「Apexを書けるエンジニア」の育成スピードが追いついていないからです。

一般的なWeb開発（HTML/CSS/PHPなど）は、独学で学ぶ人が多く、競争が激化しています。

一方、ApexはSalesforce環境がないと学べない（と思われている）ことや、前述の「ガバナ制限」などの特殊性から、参入障壁が高いと感じられがちです。

その結果、常にエンジニア不足の状態が続いており、それが給与相場の高騰に繋がっています。

リアルな年収相場とフェーズ

あくまで目安ですが、現在の転職市場におけるApexエンジニアの年収感は以下の通りです。

ジュニアクラス（経験1〜2年）

あくまで目安ではありますが、年収は450万〜600万円ほどです。
基本設計書を見ながらApexコードが書けるレベル。

トリガーの作成や、バッチ処理の修正などができる段階です。

これだけでも、一般的なWebプログラマーより高めの水準です。

ミドルクラス（経験3〜5年）

あくまで目安ではありますが、年収は年収600万〜900万円ほどです。
要件定義から参加し、「ここは標準機能で、ここはApexで」という切り分けができるレベル。

ガバナ制限を回避するための高度な設計や、外部システムとのAPI連携などがこなせます。

この層が市場で最も奪い合いになっています。

あくまで目安ではありますが、年収は1,000万〜1,500万円超となります。
Salesforce全体のアーキテクチャを設計できるレベル。

大量データの処理戦略、セキュリティ設計、開発チームのマネジメントを行います。

フリーランスになれば、月単価150万円〜200万円という案件も珍しくありません。

「Apexだけ」では勝てない？ 年収を上げる「+α」

もちろん、ただApexが書ければ自動的に年収が上がるわけではありません。

1,000万円の壁を超えるエンジニアは、Apexに加えて以下のスキルを持っています。

フロントエンド技術 (LWC)

Apexは裏側の処理ですが、画面を作る技術（Lightning Web Components）にはJavaScriptの知識が必要です。

Apexと最新のJavaScriptの両方ができるエンジニアは最強です。

ビジネス理解（業務知識）

Salesforceは業務システムです。

「商談プロセスとは何か」「会計の締め処理とは何か」といった業務知識があるエンジニアは、コードを書くだけのエンジニアよりも圧倒的に重宝されます。

英語力

Salesforceの最新技術情報は、常に英語で最初に発表されます。

ドキュメントを原文で読み解く力は、そのまま技術的なリードタイムの短縮に繋がります。

Apexの将来性・AI時代に生き残る道

「AIがコードを書く時代に、今からApexを覚える意味はあるのか？」
これは非常に鋭い、そして重要な問いです。

 Salesforceエコシステムの拡大とApexの寿命

まず、Salesforceというプラットフォーム自体がなくなる可能性は、当面の間極めて低いでしょう。

圧倒的なシェアと「乗り換えられない」理由

CRM市場でのシェアは圧倒的であり、一度導入した基幹システムを他社製品に乗り換えるコストは莫大だからです。

企業にとってSalesforceをやめることは、心臓移植手術をするようなリスクを伴います。

そのため、一度身につけたスキルは長期的に腐りにくい資産となります。

ツールをつなぐ「接着剤」としてのApex

さらにSalesforceは、Slack、Tableau、MuleSoftといった強力なツールを次々と買収し、エコシステムを拡大しています。
これらをつなぎ合わせ、独自の連携動作をさせるための「接着剤」として、Apexの重要性はむしろ増しています。

Apexは、Salesforceが存在する限り、なくならない言語と言えます。

生成AI（Einstein GPT）とエンジニアの役割変化

Salesforceは「Einstein GPT」をはじめとする生成AIの導入に積極的です。

AIに「取引先を検索するクラスを書いて」と指示すれば、Apexコードが自動生成される時代はすでに到来しています。

「Writer」から「Editor」へのシフト

では、エンジニアは不要になるのでしょうか？ 

いいえ、役割が「Writer（コードを書く人）」から「Editor（編集・監督する人）」に変わるだけです。
「0からコードを書く苦労」は減りますが、「システム全体を設計する責任」は残ります。

AIを部下として使いこなし、開発スピードを爆発的に上げる能力が求められます。

AIの「70点」を「100点」にする技術

AIが書いたコードは、必ずしも正しくありません。特に、その企業の複雑怪奇な業務ルールや、Salesforce特有のガバナ制限を完璧に考慮したコードを一発で出力するのは、まだAIには難しい領域です。

・AIが生成したコードが、ガバナ制限に抵触しないか？

・セキュリティ的な脆弱性はないか？

・将来的な拡張性に耐えうる設計か？

これらを判断し、AIが出した70点のコードを100点に仕上げる能力。これこそが、AI時代のApexエンジニアに求められるスキルであり、上級者へのステップアップの鍵となります。

まとめ

Apexは、単なるプログラミング言語の一つに過ぎません。

しかし、それは「世界中のビジネスを支えるプラットフォーム」を操るための、強力な鍵でもあります。

コードを書くこと自体に喜びを感じる人も、ビジネスの課題をITで解決することにやりがいを感じる人も、Apexはその両方の欲求を満たしてくれる稀有な言語です。
難しそうだと感じる必要はありません。

Salesforceの世界には「Ohana（ハワイ語で家族）」という文化があり、先人たちが初心者を助けるコミュニティが活発に機能しています。

まずはSalesforceの無料学習サイト「Trailhead」のアカウントを作り、最初のモジュールを開始してみてください。

その小さな一歩が、あなたのエンジニアとしてのキャリアを、そして人生を、大きく変えるきっかけになるかもしれません。